highland's diary

一年で12記事目標にします。

三本の指輪と拳銃、チョーカー、赤いリボン

 

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アイテムを活用した演出という観点から『天気の子』を整理してみたい。なお全て記憶で書いているので間違った記述があった場合は訂正します。

まず、『天気の子』で一番目立って使われたアイテムとしては一つは拳銃だろう。

 

拳銃

東京をさまよっていた帆高は風俗店の近くで拳銃を拾うが、拾った拳銃を最初に撃つのは映画開始20分くらいのところで、キャッチの男から陽菜を助けるために取った行動で、威嚇のために発砲する。しかしその後すぐ陽菜にその行動を非難され、拳銃を持つ手も震え、廃ビルの部屋の隅に投げ捨てる。

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そしてそれを機に、拳銃を発砲したことで刑事から追い回されるようになる。

クライマックスにおいて再び帆高は陽菜を取り戻すために立て壊されているビルに上るが、今度は立ちふさがっていた須賀を威嚇するために、以前投げ捨てたのと同一の場所にあった拳銃を拾って撃つ。次いで捕まえようとしてくる警官・刑事に対しても拳銃を向け威嚇し(三対一の構図)、投げ捨てて走ったところで一度警官に押し倒されている。

「拳銃を拾う」というフィクション性の強い、偶発性のある出来事をあえて起こし、それをもとに主人公にヒロイックな行動を取らせるというのがこれまでにない種の生々しさを持っている。

最初に撃ったときには突発的な衝動からわけも分からないまま撃ってしまったと言うに等しく、また、その強大で暴力的な力を引き受けるだけの覚悟や動機も持たないためにそれからすぐ投げ捨ててしまうが、後に拾ったときには大人たちに対抗するだけの明確な意志、覚悟を持っている。元々はやくざの遺失物として帆高に拾われ、警察といった社会の公権力に抗うアイテムとして使われるのがこの拳銃だ。

日時も経ってビルが立て壊されている最中なのに拳銃がたまたま同じ場所にあり、また、すぐ発砲できたというのもRPGのアイテムのようで何だか都合の良い使い方ではあるけれど、それはそれとして、拳銃はこの活劇における主人公の覚悟を象徴するようなアイテムになっていると思う。

 

チョーカー

チョーカーは一番最初に出て来るアイテムだ。

ファーストシーンで陽菜のいる病室において、病に伏している母親の手首につけられているのがこのチョーカーである。

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後に陽菜が再登場するときに、陽菜はこのチョーカーを首につけており、つまり母親のものが形見として陽菜に受け継がれていることが分かる。チョーカーには陽菜の瞳の色と同じ青い宝石が付いている。

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(厳密には、マクドナルドの制服を着て陽菜が再登場する際には首にチョーカーは着けておらず*1、その後水商売のバイトを勧誘されているシーンで初めてチョーカーを付けた姿が出る。これはマクドナルド店員の服飾規定のためというよりも陽菜が私服になっているタイミングで初めてチョーカーを見せたかったのではないだろうか。)

亡くなった陽菜の母親が陽菜と同じように天気の巫女であったのか、人柱になったのか、といったことは定かではないが、水玉のような宝石と相まって、母から受け継がれた天気の巫女としての業のようなものを感じさせる。

クライマックスで帆高が陽菜を地上に連れ戻した際、鳥居の前に倒れている二人の姿が映るが、ここで陽菜が首につけているチョーカーが割れている描写が1カット映っている。巫女として負った業から解放されたことの暗示だろうか。

そしてラストシーンで帆高が坂道で祈っている陽菜を見つけたときには、陽菜はチョーカーを付けていない姿である。

 

2本の指輪

最も多く画面にアップで映ったのはこの2本の指輪だろう。

脇役の須賀は左手の薬指に指輪を二つセットで付けている。初見時には分かりにくいと思われるけどこれは亡くなった妻の分も代わりに嵌めているという描写だろう。この2本の指輪は本作における須賀のストーリーを補強するような役割を果たしている。

須賀の指輪が目立って映るシーンは映画全体で7シーンある(逆にそれ以外のシーンではあまり映っていない)。

 

最初に映るのは、娘の萌花の引き渡しを交渉しているところでこの指輪を右手で触っている。ここは手がアップショットで映される。

作中で須賀がこの指輪を触る際は落ち着かなさげに、指輪を押し込むようにしている仕草が印象的だ。太めの指輪を2本同じ指にはめているとズレたり抜けてしまってもおかしくないためこの仕草が習慣になっているのではないだろうか。

同時に、亡くした妻のことを須賀はどこかで常に意識しているのだろう。

 

2回目は自室にて猫と共に一人きり、ライター仕事の交渉を電話でしていて失敗しているらしいシーン。

須賀は仕事のことでやけを起こしてが故か、思わず煙草に手が伸びてしまうが、そこで思いとどまってやめ、手に持った煙草を左手の中で折り曲げる。ここで薬指の指輪が映っている。

映画を見る限り須賀は右利きなので左手で煙草を吸うのはごく普通のことだろうけど、ここは須賀の主観ショットのように撮られており、煙草を折って潰すときの指と、指輪を付けている左手薬指とが同時に映るようなアングルになっている。

須賀が煙草をやめているのは引き取られた娘である萌花の引き渡しを望んでいるからであり、指輪は死に別れた妻のことを想起させるアイテムだ。

ここでは意図的に両者の文脈を重ねているように感じられる。

 

3回目は娘の萌花が陽菜や凪たちと遊んでいるところだ。ここでも須賀が指輪を触っているカットが挿入されている。

ここまでくると察せられるが、須賀が指輪を触っているカットが挿入されるのは、須賀の娘の萌花や、娘の引き渡しに絡んでくるシーンが多い。亡くした妻が残した娘を引き取ることを須賀は望んでおり、そのために禁煙も続けている。妻を亡くす前の家庭には萌花もおり、須賀はそれを取り戻したいと願っている。須賀が指輪を触る仕草によってそのことは強調される。

 

そして、3回目と4回目との間には、帆高が陽菜に指輪を渡そうとするシーンが入っている。

最後に帆高の前に一度立ちふさがり現実を説く姿を見ても分かるように、大人である須賀は帆高と対をなすような存在だ。そして死に別れた妻の指輪をはめている須賀と、これから指輪を陽菜に渡そうとしている帆高の姿は重ねて描かれていると分かる。

 

4回目に2本の指輪が映るのは、須賀が帆高を事務所から追い出してしまった後に、バーカウンターで突っ伏している須賀が出るシーンで、ここで左手に指輪が映っている。「酒とタバコで罪悪感に浸っている」ところであり、ここで、2回目のシーンではやめていたタバコを吸っている。やはり、「煙草を吸う」という禁忌と萌花の文脈とは重なっている。

帆高を追い出したことを夏美に責められた後、須賀は「一人が人柱になって天気が元に戻り救われるのならそれでいい」「誰だってそうだろ」と須賀は言うのだが、

このタイミングで須賀の左手がアップになり、ここで須賀は指輪を触っている(押し込んでいる)。

須賀が帆高を追い出したのは直接的には世間体のためであり、娘を引き渡してもらえるかどうか微妙な時期において咎を負いたくないという極めて現実的な理由である。

そして、帆高を追い出してしまうことで、須賀は「帆高が陽菜と共に居られなくなる」という事態の招来に手を貸してしまったことになる。

また、以前のシーンにおいて、須賀の娘は喘息持ちであり、(おそらく具合が悪くなるため)雨の日だとなかなか会わせてもらえないということが説明されている(だから陽菜に晴れを依頼した)。

つまり、晴れが戻り、そして娘に再び会えるためには、須賀はその選択を取ることを与儀なくされたということだろう。

ここで須賀が指輪に触っているのは「娘の萌花を引き渡してもらうこと」そしてそのために「東京が雨から救われ元に戻ること」、と「帆高が陽菜とともに居られること」とを天秤にかけたときに前者を選んだということでもある。「誰だってそうだろ」という須賀の台詞には、罪悪感を感じながらも「それで良かったのだ」と自分に言い聞かせているようなニュアンスが含まれている。

 

そして5回目は陽菜が空に消えたことにより東京の天候が晴れ、降り続いた豪雨により溜まった水を、須賀が事務所の窓ガラスを開けて引き入れるシーンで須賀の左手とともに指輪が映っている。このシーンで刑事が事務所に上がり込んで来て、須賀に帆高のとった行動について知らせている。

須賀が水を引き入れたことにより床の水位が上がるのだが、このシーンにおいて事務所の柱に萌花の身長が印として刻まれているのが映る示唆的なカットがある。妻の生前、萌花がまだここで育っていた頃に付けられた柱の印と、溜まった水の水位とが重なって映されているのである。豪雨とともに溜まった水は、陽菜が人柱となったことで止まったものでもある。

「人間は歳を取ると、大事なものの順番を入れ替えられなくなる」という、以前のシーンにおける須賀の台詞を想起させるようなカットではないだろうか。

須賀の時間は妻を亡くし萌花が引き取られていったところで止まってしまっている。このシーンにおいて、須賀は帆高を駆り立てる動機について察し、自分でも気づかないうちに涙を流している。

 

6回目はそれほど目立たないが、刑事から話を聞いた須賀が帆高に先んじて廃ビルで待っているシーンにおいて、帆高を制止するためにビンタするところで指輪が映っている。意図的な描写かどうかは定かではないがここは左手で帆高をビンタしており、合わせて指輪も映っている。

このシーンにおいて須賀は、心の底では帆高の取る行動や動機にシンパシーを感じながらも、あくまで大人として振舞わなくてはならないために帆高のことを考え説得し、飛び立っていくのを制止している。ビンタによって帆高を落ち着けようとする須賀の手には指輪が見える。そして、須賀もまた愛する人の指輪を携えている人であり、須賀と帆高の境遇は重ねられている。

この後、須賀は帆高を捕まえようとする警官にタックルして振りほどき、帆高を行かせている。須賀は自身の取った行動により警察に連行されていき、それによってまた娘を引き取ることがいっそう難しくなると思われるが、それでもここで帆高を行かせずにはいられなかったのだろう。このシーンの痛快さは、作中での須賀のストーリー全体の中でも白眉である。

 

7回目、最後に指輪が映るのは、こちらもわずかな描写であるが、エピローグで「陽菜のもとに早く会いに行け」と帆高に向けて手を払うときに(ここも左手である)指輪が映っている。当然のことではあるが、変わった後の世界においても須賀はやはり変わらず指輪を身につけている。

 

赤いリボン

帆高が陽菜の誕生日プレゼントにあげる指輪を百貨店で選んで購入するときに販売員として出てくのが前作『君の名は。』のヒロインである宮水三葉だ。

帆高の質問に対し「(もし自分だったら)3時間もかけて選んでくれたものだったらとても嬉しい」と笑顔で返答し、指輪を袋に入れ手渡すのだが、このときの袋は鮮やかなピンク色で、大きめの赤いリボンが付けられている。

更に、指輪をホテルで陽菜に渡すところでも、指輪が入っていた小箱はピンク色で、ご丁寧に赤いリボンも付いている。

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赤いリボンといえば、三葉が身につけているキーアイテムであると同時に、前作における「縁」を象徴するアイテムだ(正確には組み紐で、これをリボンの形にして付けたりしている)。

赤い組み紐が、あるときは三葉の髪留めになり、あるときは主人公の身につけているブレスレットになる。髪留め=ブレスレット=組み紐が過去から現在、未来を往還し、つながりを生むモチーフになっている。

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三葉から「赤いリボン」の袋に包まれて「指輪」を渡されるのはなかなかにニクい描写でもある。

また、そもそも帆高が最初に指輪をあげようと思い立ったのは陽菜が18歳の誕生日を迎えるということに気付いたからであり、それは立花瀧との会話の中で出て来た話である。実際、帆高が瀧に「誕生日だったらプレゼントあげなきゃ」と直接言われている。

これは前作の主人公二人によって今作の主人公である帆高に指輪が託されたという見方もできて面白い。

 

1本の指輪

かくして、帆高が陽菜に渡す1本の指輪も登場するのだけど、こちらについては分かりやすいだろう。

須賀の娘たちと遊んだ帰り、凪のお膳立てにより帆高と陽菜が二人きりになって帰るところで、帆高は指輪を渡そうとする。

帰り道に二人が電車に乗るところで、陽菜が窓ガラスに手をやって景色を見ているカットがあるのだが(ヒロインの手が映されている)、この手は左手であり、よく見ると薬指だけが微妙に他の指と分かれるように映っている。

指輪を渡す前のシーンから、エンゲージリングであることを示唆するようなカットを忍ばせているという訳である。

映画を見ていると分かる通り、この坂道での告白は、突風とともに陽菜が舞い上がるとともに身体が透けるといった事態(ヒロインの秘密が明かされるシーンの挿入)により頓挫してしまう。

次に帆高が告白を試みるのは警察に追われてホテルに泊まったときであり、今回は陽菜に指輪を渡すことに成功する。このときを逃すともうチャンスが残されていないというのを二人とも感じ取っている。そのため、当初は誕生日プレゼントとして用意した指輪をエンゲージリングとしてホテルで左手の薬指にはめる。「ずっと一緒だ」とここで告白する*2

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しかしその後すぐ夢の世界の中、陽菜は人柱となって空に消えてしまい、雲の上で、陽菜の身体が透けて指輪も薬指からすり抜けて落ちていってしまう。

翌朝、空から水たまりに落ちて来る指輪を帆高が拾うところで、陽菜が空にいることを帆高は確信する(つまり、今度も指輪を渡せていないことになる)。

連行された先の警察から逃げ出し、陽菜を取り戻すために奔走するところから本作のクライマックスが始まる(上映時間の上でも、ここからが三幕構成における三幕目にあたる)。

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そしてラストシーン、最初に指輪を渡そうとして失敗していた坂道に、帆高は陽菜に渡そうと考えている指輪を見つめながらたどり着く。そこで空に祈っている陽菜と三年越しに同じ配置で出会うところで映画は締めくくられている。

 

また、アイテムとして使われる頻度はそれほど多くないが、傘と手錠についても簡単に触れておきたい。

 

手錠

帆高は刑事に組み伏せられた際に片腕に手錠をはめられ、その状態のまま鳥居から彼岸に飛び立っていく。

手を繋いで陽菜と降下する際に帆高の片腕には手錠が残っている。「手錠を振りほどいた状態で飛び立っていく」ような絵が映えると考えたのだろう。

そして、片腕に付けられた手錠は、行った選択によって帆高が世界から課せられた責の象徴でもある。実際、この後3年間保護観察処分を受けるわけだが、ここで陽菜を取り戻す際に手錠を付けているのはそのことだけにとどまらないだろう。

また、ヒキの絵であったりで若干分かりづらいが、陽菜が空中で帆高の手を取る際には手錠に触れそれを伝って帆高の手を掴むような描写がある。

これは世界に反逆するような陽菜と帆高の共犯関係を表しているように見える。

 

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陽菜が雲の上に消えたのち、帆高が警察に連行されていく際ホテルの前に、晴れ女のバイトの際に使っていた黄色い傘が開いた状態で水たまりに転がっている。

晴れと共に陽菜が去って行ったことによる空白を、より強調して示す描写になっているだろう。

そういえばリーゼントの刑事の傘は黒色で、陽菜が最初のシーンで持っている傘は透明なビニール傘であったりと、演出効果を反映するため人物やシチュエーションにより傘の種類の使い分けもしているのだろうと思われる。

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このように、劇中で演出効果を持って使われたアイテムを見ていくと、「指輪」「チョーカー」「リボン」「手錠」に加え、またそれ以外にも、須賀の娘の萌花が花輪を作っていたり、夏美はブレスレットやミサンガを手首に多く付けていたりもしており、共通するのは、身につけるものとして円環のモチーフが多用されているということである。

これはどういったところから着想を得ているのだろうか。新海誠さんのこうした演出の手数については今後も注目していきたい。

*1:

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*2:24時になって日付が変わったタイミングで指輪を渡している。