highland's diary

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『バトルアスリーテス 大運動会』5話のちょっとした技巧

昨年も記事で取り上げた作品だけれど、『バトルアスリーテス大運動会』(TV)5話にこれは!と思う描写があったので書いておきたい。なお展開は割とネタバレしてます。

 

バトルアスリーテス大運動会』(TV版)のあらすじについて一応述べておくと、

西暦4999年、世界最高クラスのスポーツエリートたちが年に一度の「大運動会」に参加し、王座に輝く宇宙撫子〔コスモビューティー〕を目指しトーナメントを繰り広げている世界。その登竜門となるのが衛星軌道上に位置するスポーツ専門大学「大学衛星」へ進学することであり、その大学衛星に進学する生徒を選り抜くために設けられた訓練校から話はスタートする。

主人公である神崎あかりは宇宙撫子の母を持ち、競技について天性の資質を秘めているのだけれど、物語開始時点においてはまだ才能を開眼させておらず、競技でも万年ビリの意気地なしで、弱音ばかり吐いている*1

臆病をこじらせまくった結果「あかりハウス」と書かれた段ボール箱を常に持ち歩いており、何かくじけそうなことがあるとすぐにその中に籠って隠れてしまう。

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そんなあかりを献身的に支えるのが関西出身の柳田一乃である。あかりの体たらくに対し普段は容赦なくツッコミを入れるものの、主人公のことを思って何かと面倒を見てくれるいわゆるツンデレキャラであり、声優を担当した久川綾さんによる関西弁の演技もこのキャラのパーソナリティに絶秒にマッチしている*2

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さて、本題に移ると、5話ではあかりは訓練校でトップの成績を持つジェシー・ガートランドに対戦を申し込まれてしまう。

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あかりの母である伝説の宇宙撫子・御堂巴を崇拝するジェシーは、その血を受け継いでいながらヘタレで弱い存在であるあかりのことが許せず、激しい敵意を抱いているのだ。あかりはこれまでで最大の苦境に立たされたと言っていいだろう。
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ジェシーから激しい叱責を受けた末に一騎討ちを申し込まれてしまい、またも落ち込んだあかりはやはり「あかりハウス」に籠ってしまう。

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そこで、普段はつれなくあかりを叱責している一乃も今回ばかりは見かねて、普段は見せない側面を見せ、あかりに諭すようにして、素直な激励の言葉を飛ばしてくれる。

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言葉を言い終えた一乃はあかりに呼び掛ける。
「出てこい、あかり」

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だがここで、その声を聞いていたあかりが横のトイレから登場する。あかりは実は「あかりハウス」の中におらず、たまたまトイレに入ったタイミングで段ボール箱を外に置いていただけだった。あかりは一乃の励ましの声を、トイレの中から聞いていたのだ。

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あかりは感激してトイレから出て来て一乃に抱きつき、涙ぐみながら、めげずに頑張る意志を伝える。

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だがそこでシリアスなムードになるかと思いきや、

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ハッとした一乃が「お前ちゃんと手洗ったんか?」とあかりに訊き、「あっ…」「ドアホー!!」とそこでギャグに流れるのだった。

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さて、一通りの流れを全部書いてしまったが、このシーンの流れで優れているのは
あかりが一乃の激励を「あかりハウス」の中から直接聞いているのではなく、トイレにいながら傍らで聞いていたということである。

あかりがこの激励を「あかりハウス」の中で直接聞いていたとするとどうだろう。確かにそれでもやっていることは変わらないのだが、それはこれまで何度も繰り返されてきたことであり、劇的な要素に欠ける。ここで「それまで100パーセント弱気だったあかりが行動を変える」ためには、それだけの説得力を持つ描写が必要になる。

一般的に、我々の中には刷り込みとして、「対面での会話で口にする言葉は必ずしも真実であるとは限らない」という発想があります。相手の前だと気を遣って真実を言わないか、打算が入るため都合の悪い部分を抜かしてしまったりする。

 

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自分がいない場所で、自分に関して口にされる言葉に人はとても敏感です。第三者である自分に対する気遣いがなくなることで、往々にして「相手が本音では自分をどう思っているか」を知ることになる。それが陰口であれば相手への信頼が一挙に崩れ、それが誉め言葉であれば相手からの確かな信頼を感じられることでしょう。「相手の言葉を陰から聞く」というシチュエーションには確かにそうした決定的な作用があります。そしてその効果をこの展開は活かしているのではないか。

 

ただ、それだけだと例えばここで一乃が他の人に対してあかりの話をするところをあかりが聞いていたという描写でもいいはずだけれど、その場合は効果が半減してしまうだろう。ここでのあかりは外ならぬあかり本人に対し激励の言葉をかけているのであり、そうであるからこそあかりは一乃の真っ直ぐな言葉に心動かされ、反応を返すのだ。

 

繰り返しになるが、このシーンにおいて行われていることは「一乃があかりを叱咤激励し発破をかける」「あかりはそれを聞いてやる気を取り戻す」の二つであり、それはこのシーンを「一乃が直接面と向かってあかりを励ましている」シーンに置き換えても、やっていることは何も変わらない。

しかしあくまでその二つの要素は保ちながら、「あかりが一乃の言葉を隠れて盗み聞きしている」という風にワンクッション置くことで、ここでのあかりの心変わりを説得力を持って描くことに成功しているのである。

 

また、あかりがトイレから登場することは一乃にとってと同時に視聴者にとってもサプライズにあたり、ここでの一乃と同様に視聴者も意表を突かれ、半ば強引な形で展開を受け入れざるを得なくなる。その驚きの要素が、こうした展開を退屈させない、刺激的なものにしてる。

それに加えてシーン最後にはしっかりとオチまで付けて、湿ったムードになり過ぎないように計算もされていることが分かる。

(ちなみに、ここでギャグに流れるのは、このアニメがラブコメとしての要素を持っているからだろう。つかず離れず、友達以上恋人未満の状態を持続させ、それを完結させないまま常にサスペンスを生み出すことがラブコメの主題である。)

 

5話の脚本は黒田洋介さん。

こうした展開をさらりとやっているところに、黒田洋介という脚本家の、シチュエーション作りの上手さが表れていると思う。

さて、もう少し話を進めたい。

このシーンの説明の最初に「落ち込んだあかりは『あかりハウス』にこもってしまう」とただ書いたけれど、ここには誤魔化しの要素が入っています。

というのも、「あかりがジェシーに対戦を申し込まれるシーン」から、この「一乃があかりを叱咤激励するシーン」の間には二つのシーンが入っており、それは「1.あかりが部屋で一人落ち込んでいるシーン」と「2.王鈴花が二人の勝敗で賭け商売をしようとするのをジェシーが止めるシーン」である。

1.

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2.

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1.のシーンを見ていると、対戦を申し込まれたあかりが「自分の部屋で一人で落ち込んでいる」ということが分かるので、「あかりが外であかりハウスに籠って落ち込んでいる」というシーンが出てきたときに、冷静に考えるとそこには不自然なところがあるはずである。なので、「実はその中にはいなかった…」という展開が後に出てきたときに、それをよりスムーズに受け入れることができるだろう。


実際には、「あかりがあかりハウスに籠って落ち込んでいる」シーンの最初には、あかりハウスの前を通りかかった一乃が「こないなとこにおったんか。」とあかりに対して呼び掛けるセリフがあり、つまり「一乃はあかりハウスを偶然に見かけて呼び掛けた」という描写になっている。


これはたとえば小説のような媒体で文章に起こしてみると、「あかりがあかりハウスに籠っているのを一乃が見つける」という描写が入ったときに一気に不自然さが明るみに出るだろう(何故そんなところにあかりハウスがあるのか?となる)。しかし映像作品では、「あかりハウス」を映像に出してしまえば否が応でも視聴者はそれに説得されてしまい、一乃と同様にこのシーンで勘違いを起こしてしまう。

そしてその上で、2.のシーンが挿入されているのは効果的だ。1.のシーンと、「あかりハウスに籠るあかり」のシーンの間に別の挿話が入ることで、二者はダイレクトには繋がらないため、これも不自然なところを軽減するのに役立っている。


脚本上の展開についてこれまで述べてきたれど、このシーンにはもちろんのこと演出も必要十分に貢献している。
あかりがあかりハウスの中にいないことが分かるシーンで、それまでのカットにおいてはトイレのドアを示す「W.C」の文字をさり気なく画面内に入れることで、次に続く展開が不自然なものにならないように布石を打っている。

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一乃があかりハウスを階段手前で見かける箇所についても、カメラが右から左にPANするのに合わせて一乃が画面左からフレームインしてくることで、ここで突然に出て来るあかりハウスを画面内にさり気なく位置づけることに成功している。これらはシナリオ上での仕掛けを活かすための演出として位置づけられるだろう。

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絵コンテ:村田雅彦/演出:小村敏明


バトルアスリーテス大運動会』はシリーズを通してとても充実した内容だったけれど、あかりと一乃、ジェシーとアイラたちの生々しい気持ちのぶつかり合いが描かれている前半が特に好きだ。
シリーズ構成を務めた倉田英之および、黒田洋介両氏のシナリオが展開に弾みをつけ、感情の生々しさやキャラクターの魅力に貢献しており、両氏は他作品でも見るべき仕事を多く残していると思う。

*1:なお、OVA版のあかりは初登場時から大学衛星の新入生代表でありほとんど真逆。

*2:久川綾さんの関西弁キャラで実質的にケロちゃんであり神尾晴子であり保科智子