highland's diary

一年で12記事目標にします。

『東映版Keyのキセキ』序文の全文を公開します。

littlefragments.booth.pm

告知ですが、以前ブログでも触れていた東映版『Kanon』『劇場版 AIR』『劇場版 CLANNAD』の合同評論同人誌を発刊しまして、現在BOOTHにて予約販売中です。
同人誌は完全受注生産で、11月末までの予約受付になっています。興味がある方はお見逃しなく…! という告知です。以下に本誌の序文を掲載させていただきます。

序文

本誌の目的は、いわゆる「東映版Key三部作」の作品群をとりあげ、その魅力や作品の持つ意義について語ることである。「東映版Key三部作」というのは、ゲームブランド・Keyの作品を原作に、東映アニメーションにより制作された以下の三作品を指す。

この企画が持ち上がった直接の契機としては、昨年2019年末に刊行されたKeyの歴史を解説する書籍『Keyの軌跡』(坂上秋成著、星海社新書)において東映アニメーション制作のアニメ版についてほぼ記述が割かれていなかったことがある。Keyのこれまでの総決算として位置付けられるこの書籍において、京都アニメーション版(以下、京アニ版)の『Kanon』『AIR』『CLANNAD』に主に記述が割かれる一方で、東映アニメーション版(以下、東映版)についてほぼ記述がないということには偏りを感じ、何かそれを補完するようなものが出せないか、という着想だ。

また、Keyは20周年の節目を迎えた2019年から2020年にかけて、20周年特設サイトでの総キャラクター人気投票「Key総選挙」や『Key20th MEMORIAL BOOK』の刊行、『神様になった日』の放送に合わせた「麻枝准研究所」の開設など、これまでの総決算としてとれるような企画を打ち出しており、Keyの歴史の中で東映版があぶれてしまっているのだとしたら、これを機にその再評価に繋がるものを打ち出すことは極めて有意義だろうと考えた。

そこで「見過ごされがちな『東映版Key三部作』について今一度振り返って再考すること」を目的に、様々な書き手に寄稿していただく合同評論同人誌の企画が始動した。様々な寄稿者の協力のもとでそれが成就し、形になったのがこの『東映版Keyのキセキ』である。

上記のような経緯はあるものの、強調しておきたいのは、本企画は京都アニメーション版や原作に対するカウンターを意図したものではないということである。東映版を支持するということは必ずしも京アニ版や原作を批判するということにならない。「京アニ版VS東映版」のような対立は、同じタイトルを二社がアニメ化したことによって事後的に作られたイメージでしかなく、そもそも両者は対立した位置づけにあるわけではない。あくまで、両者ともそれぞれに異なる特質を持っており、その中での東映版の価値を評価したいというのが一貫した立場だ。加えて、『Keyの軌跡』やその著者に対して敵対する意識もない。

ただし、東映版を正しく評価する上では、東映版および京アニ版に対して向けられるステレオタイプな見方に対し反発するということは必要になる。一つには「東映版は原作とは違うオリジナル、京アニ版は原作に忠実」といったものだ。
例えば、先ごろ刊行された『Key20th MEMORIAL BOOK』(KADOKAWA、2020年)の『Kanon』のページにはこう記載がある。

東映アニメーションが2002年に、京都アニメーションが2006年に2度アニメ化。オリジナル展開の前者、原作を尊重の後者と魅力が異なる」

これは概ね我々の理解に近いまとめであり、限られた字数で両者の特性を伝えたい場合は確かにこのような言い方になるだろう。そのため、書き手に非があるわけではない。

しかし、正確を期すならばこれは必ずしもそうとは言えない。例えば東映版『Kanon』の舞ルートでは、生徒会編として久瀬との確執を数話かけて原作に沿った形で描いたが、京アニ版は大胆にカットしており、更に舞ルートのクライマックスの展開も原作よりかなり整理されオリジナルな描写になっている。これは原作のシナリオライターである麻枝准の監修によるものだが、いずれにせよ京アニ版の『Kanon』では舞と真琴を中心にオリジナルの描写がかなり入ることになったのは事実だ。また、そもそも、複数ルートが並列しているゲームを1本のストーリーにするにあたっては必然的に大きな改変を行わねばならず、そのなかで犠牲になったものが存在するのは京アニ版も東映版も共通している。

以上のように、必ずしも「東映版は原作とは違う、京アニ版は原作に忠実」とは言い切れないような細部は確かに存在している。そういった部分を明らかにすることも本企画の狙いの一つである。

本誌にはアニメファン、Keyファン、出﨑統ファンなど様々な立場の書き手15名に寄稿していただき、様々な観点から東映版Key作品の固有の魅力に迫ることができた。
当初は思い付きから始まった企画だが、東映版『Kanon』への熱いファン語りや、劇場版『AIR』『CLANNAD』への緻密な分析が集まったことで、本に魂がこもったものになった。

読者にむけて、作品に対する新たな見方を提供できるという意味では、先行する書籍や同人誌には決して負けていない。
また、イラストでも作品の魅力を表現するため、総勢14名の素晴らしい描き手に、作品にまつわるトリビュートイラスト・漫画を寄稿いただくことができた。ファンアートだけでも見応えのある本になっている。

本誌は東映版のいずれかの作品が好きな人だけでなく、京アニ版や原作のファンにも楽しんでもらえる内容を目指した。作品のファンはもちろん、これから作品を触れることを考えている人にも楽しんでもらいたい。

最後に、サークル名の「Little fragments」は『Kanon』のBGMのタイトルになぞらえて命名させていただいた。「Little fragments」は『Kanon』の主題歌「Last regrets」(麻枝准が作曲)のフレーズを用い折戸伸治が作曲したBGMだ。その「小さなかけら」の意味もあいまって、マイナーな位置づけながらも確かにKeyのゲームから派生して世に出た東映版Key三部作を形容するに相応しい言葉と思い、使わせていただいた。

ぜひ本書を楽しんでいただき、作品について興味や関心を持っていただければ幸いである。