highland's diary

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『sense off 〜a sacred story in the wind〜』プレイ感想

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ちょっと前からプレイしていたゲーム『sense off 〜a sacred story in the wind〜』(2000年、otherwise)をクリアしたのでその感想について書きたい。

本作はメインシナリオを単独で手掛けた元長征木の代表作であり、ゼロ年代初頭の「セカイ系美少女ゲームにも数えられる作品だ(元長自身、「セカイ系」の論客であったのでこの評価は適正と言える)。

元長が作詞し、I'veの高瀬一矢が手がけた主題歌(OPの「sacred words」およびEDの「birthday eve」)で名前を知っている人も多いだろう。

パッケージ版はロットアップしているが、FANZAやDLsiteにてダウンロード販売されており現在もプレイ可能である。

※以下は本作についての微ネタバレを含みます。

 

総評

季節は、春と初夏の端境期。

舞台は、地方都市。

その都市には、1つの施設がある。
大学に附属する研究機関だが、そこでは、学園生活が営まれている。
どこにでもあるような、それでいてどこかが違う、擬似的な学園生活。

そんな舞台設定に訪れる、聖なる物語――

(本作のOPムービーのテキストより)

あらすじとしては、主人公が「認識力学研究所」という国立の研究施設に移り住むところからストーリーが始まる。そこでは特殊能力の研究が行われており、能力を保持する思春期の男女が施設内の学校に生徒として通っている。潜在的な特殊能力を持った主人公(物語開始時点では何の能力か不明)はそこで疑似的な学園生活を送ることになる…というもの。

所感としては、かなり旧Key作品(というか『ONE~輝く季節へ~』と『Kanon』)の泣きゲー的なエッセンスを取り込んでおり、ただ、それを認識力学のようなSF的なギミックと、抽象的で思弁的なモノローグを凝らして行うことで独特の作風を築いているように思える

例えば『ONE』における、主人公が幼い頃の盟約により「永遠の世界」に去ってしまう、というモチーフは、主人公らが人間という枠に収まらない知的生命であるということによって説明される。

企画・メインライターの元長によると、本作の元になったのは『ONE』ではなく『Kanon*1ということだが、ささやかな蜜月ののちに訪れる唐突な終焉、エンドロールを経てエピローグにて二人が奇跡のように再会を果たすといった流れは、演出まで含めて『ONE』そのものだろう。

また、各ヒロインが特殊な力を持っており、それに縛られることで災厄がもたらされるという構図は『Kanon』的であるし、当初は明るいが実は傷つきやすく、壊れそうな繊細さを見せるキャラクターも『Kanon』の直系であろうことを感じさせる。

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また、本作は、各ルートのエンディングが「世界の終わり」("the end of the world")というタイトルになっており、主人公とヒロインの自他認識によって世界が規定されるという「セカイ系」的な展開もあり、成瀬や珠季のルートにはそれが顕著に見られる。その記述においては、SF的な仕立てはあるものの、具体的なメカニズムは常に欠落しているのが特色だ。

ただ、個人的には考察が好きだったり得意だったりするわけでもないので、あまりそういった側面で本作を楽しもうとは思わなかった。(本作の作家のテーマである)「21世紀的な新しい人類の存在様態」とか、あるいは本作のシナリオがギャルゲーとそのプレイヤーの関係を内包しているといったメタ的な読み込みなどについては個人的には割とどうでもよく、ベタに新海誠的なSFラブストーリーとして楽しんだ(新海誠作品がベタという意味ではない)。

 

一つ目立った瑕疵として挙げられるのは、日常シーンが正直退屈だった(しかも長い)。随所にハッとさせられるようなテキストはあり、抑制された雰囲気も良いのだが、特に共通ルートでは当たり障りのない会話をずっと読まされている感じで、笑えるギャグもあまりない。それが味でもあるけど同時にプレイがしんどくもある。

思うに、『ONE』や『Kanon』は泣ける展開があるというにとどまらず、久弥直樹麻枝准が書く日常シーンが楽しかったり、破天荒なギャグがあったりしたから人気作になったという面も強い。また、片岡ともの書く日常シーンは、ギャグがなくてもぽんこつのヒロインとのやり取りに独特の居心地の良さがあるし、丸戸史明の書くラブコメ仕立ての日常も、その人気に寄与している。

やはり楽しい日常シーンを書けるのはある種の特殊技能だし、ある程度定評のあるライターは、皆その前提があって評価されてるんだな…と実感させられるところはあった。

日常シーンが長いわりに、クライマックス以降の展開はかなり唐突で描写も少ないので、やはりこれは敢えて空白を多くしているんだろうと思った。

 

作品全体の雰囲気は良く、OPのテキストにある通り、4月~5月の、春と初夏の端境期、地方都市の郊外を舞台としており、グラフィックに新緑の清涼感ある空気感がよく表現されていると感じる。原画を手がけた、ゆうろ氏によるキャラクターの絵柄も素朴で清潔な感じがして好きだ。キャラクターの造形も派手なところがなくて良い。

I'veによる主題歌はもちろん文句なしに素晴らしく、OPの「sacred words」はゆったりとしたリズムに乗せてたっぷりとした美しいストリングス、透き通るようなベル音を奏でており、このゲームのサブタイトルにある「聖なる物語」の空気感をそのまま表現しているような趣がある。EDの「birthday eve」は一転してユーロビート調の疾走感あるアレンジにクールなメロで、ストーリーのキーワードを散りばめた隠喩的な歌詞を歌うのが非常にかっこいい*2折戸伸治によるエピローグのBGM「コズミック・ラン」も哀愁たっぷりのハウスで、音楽的にも充実しており、かつストーリーテリングと分かちがたく結び付いているという良さがある。

以上のことから、2022年現在においても十分にプレイするに足る魅力を備えたゲームと言えるだろう。

 

※以下は本作についての大幅なネタバレを含みます。

各ルートについて

各ヒロインにはそれぞれに、世界に干渉しうる特殊な能力が備わっている。成瀬は未来を予知することができ、珠季の場合は物理的な念動力、椎子は治癒能力、透子は世界の「読み替え」を行う能力、美凪は人の心が読める能力、といった具合。

各ルートにおける帰結は、「演算者」としての主人公の能力によって各々のヒロインの能力がある方向に発現した結果として生じたものと捉えることができる。従って、「選ばれなかったヒロインが救われずに終わるのではないか」という「Kanon問題」のようなものはあまり考えなくても良さそう(例外もあるけど)。

ちなみに自分のシナリオのプレイ順としては成瀬→椎子→珠季→透子(→依子)→美凪(→慧子)という感じ。最初の3人はかなり直感で、あとは個人的に後回しにした形になる。なお、依子と慧子は隠しヒロイン的な扱いで、他の特定のキャラを攻略済みでないとルートに入れないとのこと。

以下、全てではないが印象に残ったルートについて触れる。

 

織永成瀬のルート

成瀬ルートのストーリーでは、未来予知の能力を持つ成瀬が「世界の終わり」を予言し、その時刻が来るまでの数日を主人公とヒロインは二人きりで過ごすも、世界は終わらず、成瀬ただ一人が死んで終わる。成瀬の予知は成瀬ただ一人にとっての世界の終わりを意味していたことが分かる。

しかし、この世界から消えた成瀬の意識は持続しており、(何らかのメカニズムで)世界が一周することで成瀬は転生し、次の世界で主人公と再会して終わる。

ここでは「自分自身の命の終焉=世界の終わり」と規定されており、ヒロインと主人公とのハッピーエンドのために世界そのものを1周させるという明快な構図である。成瀬ルートはそのシンプルさゆえに、「セカイ系」の一つのアーキタイプとも呼べるものだろう。

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また、ゲームの翌年に販売された本作のドラマCDは、元長氏自ら脚本を書いており、成瀬ルートを下敷きにしたストーリーになっている。

(「sacred words」が、先日発売された「I've 20th Anniversary E-VOX」に未収録であったため、プレミア価格になってしまうかも)

このドラマCDでは、ゲーム版の成瀬ルートでは簡素な描写で終わっていた「世界の終わり→二人の再会シーン」までの流れが、双方の視点を交え、ゲーム版にないシーンや台詞とともにより詳しく描かれている(それでもやはり抽象的なのは変わらないが)。現世での成瀬は生命として消失したのち、二人の再会のために作り直された世界に移行する。転生した成瀬は夢の中にもう一つの世界の記憶を見る。成瀬は主人公との出会いを予感して育ち、そしてその成瀬を主人公が見付けて前世からの約束を果たすという流れだろう(多分)。

ドラマCDのクライマックスシーンから、印象的で直接的な台詞を以下に引用。

俺は、旅をしてきた。いくつもの場所を、いくつもの季節を旅してきた。

いつかどこかで、誰かと巡り会える。そんな予感に誘われて。

漠然とした予感だったけど、確信はあった。それは、世界に対する確信だ。

この世界に俺がいる限り、俺はそいつと巡り会うことができる。

何故なら、この世界は、俺とそいつのために出来ているからだ。

世界というものが存在すること、それは、俺と誰かとの出会いを、あらかじめ約束しているということを示すのに他ならない。

何回目になるのか分からない春は、もう半ばを過ぎようとしていた。

 

このモノローグはかなり『ONE』とか『Kanon』に近い距離にあると思うし、『君の名は。』に接近しているところも感じる。

特にこのクライマックスの場面、相手との記憶は失っており、ただ漠然とした残滓だけを抱えている二人が運命的に偶然再会するという流れはめちゃくちゃ『君の名は。』のラストを思わせて良く、演出的にもゲーム版より優れていると思う。「birthday eve」(誕生日の前日)のタイトル回収も完璧であり、このCDの内容をゲーム本編に入れていたらもっと評価上がったのでは?と思ってしまう。

 

真壁椎子のルート

椎子ルートは個人的には一番琴線に触れたシナリオだった。数学を通して主人公と椎子とのコミュニケーションが描かれ、それが二人の前世からの宿命と繋がっていく。

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途中でいきなり歴史小説みたいなパートが始まり、『AIR』の「SUMMER」編みたいで良かった(他のルートでは前世の記憶がほとんど有史以前まで遡るのに対し、椎子ルートは具体的に近世ヨーロッパの話になる)。

アクロバティックな展開の多い『sense off』のシナリオにおいて、椎子ルートは物語の類型としては一番クラシックなものだと思う。

ライプニッツをはじめとする数学の歴史や、情報理論のような観念的な話は出るが、それらはシナリオ上のギミックとしてではなく、あくまで物語を彩るモチーフの1つとして出る。

自己犠牲の是非というテーマがあるが、世界対個人ではなく、多人数対1人という対立軸になっており、「セカイ系」のような仕掛けも中途半端だ。

しかし、だからこそか、自分は透子ルートのシナリオに最も惹かれた。特別な他者というモチーフがより具体的なものになっているし、一人の数学者の人生の話でもある。

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ベタベタだけど、こういうのは泣けてしまう。

 

御陵透子のルート

透子は自我が希薄という意味で最も元長っぽさのあるヒロイン造形と感じる。ほぼ感情や意志を持たないかに見えるヒロインが、ぎりぎり感情を見せるかどうか…?というラインまで持って行くまでをじっくり描いているところを感じた。

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透子の掴みどころのなさをよく表していると思える台詞

 

「世界の読み替えを行う」という能力は、本作のヒロインの中で最も規模が大きく、主人公の能力に近いところもある。

個人的には、もともと自我が希薄なキャラクターが存在ごと消えてしまい、よく分からないままに復活するというのは常道という感じがして、あまり刺激的なところがないままに終わってしまった。

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「もしも叶うなら肉体というハードウェアからも軛解き放つよ」というEDの歌詞は透子シナリオから来ているのだろう。

 

飛鳥井慧子のルート

このサブシナリオは元長氏ではなく、シュート彦(うつろあくた)氏が担当しているとのこと。ストーリーとしては主人公が自室のPCでネットを開通させてアクセスすると、よく分からないページに飛ばされて、そこで思念体のような少女に出会い、チャット上で交流していくというもの。

慧子ルートは本作のグランドルートとして読めるという評判があり、認識論をテーマにした本作のことだから、てっきり飛浩隆の「ラギッド・ガール」のような話になるのかな?と思ったけど全然違った。一応サイバネティクス寄りのストーリーではあり、本作を象徴するような終わり方を迎える。

あと、飛鳥井慧子(というか、他ルートを含めて前世でのヒロインの姿)のビジュアルはわりと『YU-NO』を思い出させるところがある。

飛鳥井慧子ではなくモブの少女Aだけど、グラフィックがやたら可愛いので印象に残った。

 

まとめ

  • 『ONE』や『Kanon』のエッセンスを取り入れ、それをSF的に解釈したようなシナリオ。
  • 成瀬シナリオはドラマCDと合わせて触れると良いかも。
  • 椎子シナリオが一番良かった。
  • 音楽的にも充実しており、ストーリーと結び付いて使われている。

という感じでした。やっぱり評価が高いだけあってそこそこ面白かったです。

一応、『未来にキスを -Kiss the Future-』は『sense off』の精神的続編にあたるとのことなのですが、本作でそこそこ満足したのでプレイしなくても良いかなと思っています。

個人的には最初に触れた元長柾木の作品は『全死大戦』であり、結構気に入っているので、多分もう出ないけど続編を読みたいなと思っています。

 

 

 

 

*1:東浩紀ゼロアカ道場 伝説の「文学フリマ」決戦』(講談社BOX、2009年)、44頁。

*2:『visual style vol.5』に掲載の高瀬一矢のインタビューによると、「birthday eve」は「accessっぽく」というオーダーがあり「C.G mixの真似をして書いてみた曲」だという。accessで言えば「MISTY HEARTBREAK」という曲が「birthday eve」と似ており、おそらくこの曲を参考曲として提示されたのではないだろうか。