highland's diary

一年で12記事目標にします。

『劇場版 CLANNAD』のドイツ語版BDについて

はじめに

2022年9月は何の月か。自分にとっては、2007年9月に公開された『劇場版 CLANNAD』の15周年にあたる月です。15周年を祝う意味も込めて、2020年に海外で販売された『劇場版 CLANNAD』のBlu-ray版について書いてみようと思います。もうとっくに10月に入ってますが。

2020年、自分は『東映版Keyのキセキ』という同人誌を作っていました。これは東映版Key三部作──京都アニメーション版と並行して、東映アニメーションによって制作されたアニメ版『Kanon』・『劇場版 AIR』・『劇場版 CLANNAD──についての評論同人誌です。

発端となったのは主にその前年に刊行された『Keyの軌跡』(星海社新書)において東映アニメーション制作のアニメ版についてほぼ記述が割かれていなかったことですが、根強い人気を誇る京アニ版と比して東映版のKey作品は十分な評価を得られず見過ごされることが多いため、これら三作品の地位向上の狙いを込めて作ったものでした。

ちなみに現在もBOOTHで販売しているので気になる人は手に取ってみてほしいです。

littlefragments.booth.pm

しかし、自分たちが同人誌を作っているのとほぼ同時期において、ヨーロッパにおいても『劇場版 CLANNAD』が再び注目を集めていました。日本でまだ発売されていない『劇場版 CLANNAD』のBlu-ray版が2020年11月にドイツで販売されるというもので、これには当時衝撃を受けました。

現在、日本版Amazonのページでも一応注文可能になっているので、ドイツ版Amazonのアカウントを作らなくてもここからでも購入できそうです。

もちろんDVD版は日本でちゃんと出ているので、基本的にはそちらを買えば良いと思います。

これまでの経緯

実は、『劇場版 CLANNAD』のBD化については紆余曲折があります。元々『劇場版 CLANNAD』は2008年にDVDが出ると同時にBD版も出る予定でした。

av.watch.impress.co.jp

上記のページの情報にある通り、『劇場版 CLANNAD』DVDのコレクターズ・エディションにBD版が特典として付属する予定になっていたのですが、これは直前になって中止となり結局BD版は付属しないことになったらしい。BD版の映像は確かに存在しているのだが、それがお蔵入りになったということですね。

なお、実際に出たコレクターズ・エディションにはBD版は付いてませんが、脚本の決定稿および出﨑統直筆の絵コンテがフルで付いてくるのでお勧めです。

 

それから10年経ち、2018年になって転機が訪れます。Netflixにて、『劇場版 CLANNAD』が『劇場版 AIR』とともに初めて配信サービスに乗ることになりました。

この配信版の特筆すべき点は、おそらくBlu-ray版に収録される予定だったであろうHD画質版で配信されていたことです(既にリリースされているDVD版よりかなり画質が良かった)。『劇場版AIR』もHD画質でした。

京アニ制作のTV版『CLANNAD』や『AIR』を配信していないNetflixが、東映制作の劇場版の方を配信したのは、権利関係やコストの問題か、それともNetflixスタッフに劇場版派がいたからなのかは分からないですが、ともあれ東映版『CLANNAD』『AIR』を高画質で、なんならオプションで字幕付きで見られる機会が提供されたのは嬉しい限りでした。

実際、これによって劇場版『CLANNAD』『AIR』に触れたという人も多かったと思います。

しかしその後、筆者が『東映版Keyのキセキ』を作っているさなかの2020年4月に『劇場版 AIR』が配信終了、そして2年後の2022年4月に『劇場版 CLANNAD』が配信終了し、またもこれらバージョンお蔵入りになってしまいました。

ちなみに2022年9月現在、『劇場版 AIR』はビデオマーケットやGyaoで有料レンタルの形で配信されていますが、なぜか『劇場版 CLANNAD』の方は配信していません。

www.videomarket.jp

gyao.yahoo.co.jp

 

評価について

『劇場版 CLANNAD』のドイツ語版(タイトルは『CLANNAD Der Film』)が販売されると知った時に、一番気になったのは「ドイツ人にはどのような評価を受けるか?」ということでした。せっかく映像ソフトが出たとしても、現地ファンに散々に叩かれて受け入れられなかったらどうしようもありません。東映版の評価は日本と海外でそんなに変わらないというイメージもありますし…

Clannad - Der Film - [Blu-ray]: Amazon.de: -, Osamu Dezaki, -: DVD & Blu-ray

そこで、こわごわドイツ語版Amazonのページでレビューを見に行ったら、意外にも好意的なレビューが多かったです。

いくつかポイントを抜粋すると、

「長いシリーズの要約としてよく出来ている」(1本の映画としてよくまとめている)

「全編にわたって渚と朋也の関係を描いていて見る価値がある」

「事前知識なしで楽しめる」「コロナ時代の良いエンタメ」

などなど……

なかには心ないレビューもありますが、基本的にポジティブ寄りな評価が多いです。

おそらくですが、ドイツだと原作ゲームをプレイしている人があまりいないというのは影響していると思います(少なくとも日本よりは相当少ないはず)。『CLANNAD』は最近Steamで海外販売しており、かなり売れているという話もありますが、リリースされているのは英語版と簡体中国語版でありドイツ語版はありません。また、今はSekai Projectなどのパブリッシャーが精力的な活動をしていますが、国産ギャルゲーは元々(海賊版を除けば)海外輸出があまり進んでいない分野でもあります。

レビューを見ても原作ゲームについて触れているレビューはほぼなく、基本的に劇場版とTVシリーズ版を比較しています。どちらかというと「劇場版はTVシリーズ版の要約」のように捉えている人が多いようです(それは違うのですが)。

原作ゲームのプレイ体験がないことで、TVシリーズと比べる人はいても、「原作ゲームと比較してどうこう」という話にはならず、一本の映画としてある程度フラットな目で見てもらえている側面はあるのかもしれません。

また、「京アニ版と同じ吹替声優が再び結集しているのが良い」という感想もあり興味深かったです。過去にリリースされた京アニ版と同じキャストで声を当てているので同窓会みたいで嬉しいという感覚でしょうか。

ちなみに日本版でも原作ゲーム、ドラマCD版、京アニ版、東映版などで声優はほぼ同じ(主人公の声優だけ違ったりする)であり、色々なバージョンがあるなかで結局のところ、キャラクターの同一性を担保してくれるのって声優が大きいんだろうなと思います。

 

商品紹介

ともあれ、実際に買ってみないとどのようなローカライズがされているのか分からないし、単純にBD版は欲しかったので、Amazon.deのアカウントを作成し、『CLANNAD -Der Film』を注文しました。

買った時点ではそうではなかったけど2022年9月現在は円安でユーロ円のレートが上がっているので、日本円で購入すると少し高くなるかもしれません。

 

「動画菓子/FilmConfect Anime」というドイツのパブリッシャーがローカライズの対応をしているようで、もちろん海賊版とかではありません。

filmconfectanime.de

(もしかしたらAmazonで買わなくてもこの公式サイトから直販で買うことも可能だったのかも…と買った後に思いました)

 

同じパブリッシャーでTV版の『CLANNAD』も数年前にローカライズしており、TV版をやったんだから劇場版もやるか…!とドイツ人スタッフが律儀にやってくれたのではないかと想像します。

海外版のBDなのでリージョンコードが違っており(日本の通常の再生機器はリージョンAだけど欧州はリージョンBが多い)、再生するにはリージョンフリーのプレイヤーを入手するなどする必要はあります。

吹替音声はドイツ語に日本語(オリジナル)、字幕はドイツ語・フランス語・イタリア語の3言語。英語字幕や日本語字幕も欲しかったところですが、ヨーロッパでのローカライズなので致し方ありません(ちなみにAmazonレビューによるとフランス語字幕は訳が悪いらしい)。

特典映像として、「動画菓子」が担当している他作品の販促PVも映像として入っています。

TV版『CLANNAD』のほか、『そにアニ』、『百花繚乱 サムライガールズ』、『はぐれ勇者の鬼畜美学』、『ダンガンロンパ』(第1期)など、『CLANNAD』以外はなぜか’10年代前半頃のいわゆるB級深夜アニメが多かったりします……

ドイツ語音声にドイツ語字幕を付けると語学の勉強になるかもしれないし、日本語音声でドイツ語字幕にするとどのように訳しているかが分かって面白いです。

 

以下、商品の見どころについていくつかのポイントに絞って順に解説します。

吹替の演技について

全体的に、女性キャラはみな声のトーンが低くなっていると思います。考えてみればオリジナルの渚の声(中原麻衣さん)は、客観的に見てかなりアニメ声でロリ声に近いトーン(差別意識はなく、オリジナルの声も素晴らしいです)。

CLANNAD』に限らず海外の吹替声優が声を当てたら、特に女性キャラはあまり「アニメ声」にならずにリアル目で落ち着いた雰囲気になる気がしますが、『CLANNAD』ドイツ語版もご多分に漏れずそうでした。

『劇場版 CLANNAD』には出ないけど、京アニ版のトレーラーを見る限りドイツ語版の伊吹風子の声もオリジナル(野中藍さん)ほどロリ声ではなくなっています。

ドイツ語版の風子の声は日本語版の渚と同じくらいの高さになって、ドイツ語版の渚の声は日本語版の公子先生と同じくらいの高さになっている……という感じでしょうか。

ただ、東映版の渚は京アニ版の渚よりもちょっと素朴で親しみやすい雰囲気なので、結果的にドイツ語版の声質がフィットしている感じもして、悪くない感触でした。

 

また、特に合っていると感じたのは春原の声優。

日本語版の春原(阪口大助さん)のあのハイテンションな感じの声質とは違うけど、ところどころ頑張ってオリジナルの声に寄せようとしているのが伝わってきます。

演じているDirk Petrickさんは他にも日本アニメの吹替をやっていて、『鬼滅の刃』の善逸や『かぐや様』の白銀会長もこの人がやっているらしい。春原、善逸、白銀会長を同じ人がやるのは何となく分かる感じがしないでしょうか?

 

だんご大家族」の歌をちゃんと歌う!(ドイツ語で)

『劇場版 CLANNAD』では、テーマ的にも「だんご大家族」がかなりフィーチャーされるし、渚が「だんご大家族」の歌を歌うシーンも前半にあります。

京アニ版は「だんご大家族」という曲名でED曲になっているけど、東映版は「だんご だんご だんご」という曲名になっていて、メロディもちょっと変わって編曲もアップテンポでノリの良い感じになっています。そしてこの「だんご だんご だんご」は出﨑統監督が自ら作詞していて、歌詞もこの映画のテーマを反映したものになっていて……とてもプレミアムな存在です。

吹替だとこの歌唱部分だけ日本語のままって可能性もあるな……と思っていたのですが、ちゃんと吹替声優が歌っていました!ドイツ語で!

なんというか、日本語ではなくドイツ語詞で「だんご大家族」の歌唱を聴いていると、マザー・グースを聴いているみたいな感覚になって良いですね。これは是非聴いてもらいたいところですが……

「♪だんごの家族は大家族」という歌詞があるのですが、ドイツ語訳は「♪Dango sind eine große Familie」になります。

 

ダジャレの翻訳

東映版Keyのキセキ』の座談会でも話題になったのですが、『劇場版 CLANNAD』はダジャレを言う箇所がいくつかあり、わりとマジでしょうもないんですが、それもまた作品を形成する一部であり、ストーリー的にともすれば暗い一辺倒になりがちなこの映画を明るいものにすることに一役買っているとは言えます。

天丼で2回使われるダジャレに「さんすうベリーマッチ」というものがあります。

どういうものかというと、文化祭のシーンで落語をやっている生徒が、

「なんだって英語の授業で数学を?」というフリに対して「これが本当の『さんすうベリーマッチ』!」(算数 very much)とオチで言うもの。

この「さんすうベリーマッチ」の部分がドイツ語でどういう訳になっているのか気になったのですが……

ドイツ語だと「Thank you very Mathe.」と訳している。

「very much」の「much」の部分を、「Mathematik」(数学)の略語である「Mathe」とかけたものになっていて、シンプル極まりない形でちゃんと訳せていて感動してしまいました。しかもオリジナルより無理矢理感が少なくて自然な感じになっている……まあいずれにしろギャグとして面白くはないかもですが。

ちなみに「惣菜パンでよかったら、一つ、そうざい?(どうだい?)」ってダジャレもあるのですが、こっちはジョークとして訳すのを諦めたのか、別にかかっていない普通の会話になってます。

※Sandwich(ウィッチ)とwitzig(ウィチッヒ)がかかっているという旨をご指摘いただきました。

 

高画質のBlu-ray版ならではの良さ、魅力の再発見

やっぱり一番重要なのはこれかもしれない。HD画質で見ることで、DVD版より本来に近い映像を見れて、作品の魅力の再発見に繋がるというものです。

特に印象に残ったのは光の表現。

出崎監督の演出の特色として、撮影効果への強いこだわりがあります。

上に挙げたようなカットを見てもらえれば分かると思いますが、要所要所で、目にも眩しい強い光が差し込むことでハレーションがかかったようになり、画面の一部分はほとんど白飛びするほどになっています。これはただ前衛的な技法ではなく、青春のきらめきを確かにフィルムに刻印するものと言えます。

こうしたカットはDVD版の画質だと画面全体が白っぽくなり少しぼんやりした印象になってしまってる気がするのですが、BD版だとよりクリアで繊細な表現を見ることができます。

出崎監督は入射光や透過光といった表現を開発して日本アニメに持ち込んだパイオニアであり、アナログ時代も、デジタルになってからも一貫して光の表現に挑戦し続けた作家なので、それを鮮明な形で見ることができるのは嬉しい。

 

もちろん、光があるところには影があり、その影を使った演出も効いています。

強い光線が差し込むことで、それと対応するように黒い影が伸びたり、演劇のシーンにあるように深い陰影が形づくられていることが分かります。

特に、原作でも京アニ版でも描かれなかった渚の演劇のシーンは、渚の内面に秘めたものが出て、その人格の両面性が強調される場面なので、光と影のコントラストが効いています。

光と影を使った演出で良いなと思ったところ

上で述べた所に関連付けて、演出的に良いなと思ったところを2シーンとりあげてみます。

一つ目は、朋也が川べりで過去を回想する場面。

光できらきらする川を臨みながらの回想が終わったのち、バスケット選手の夢を諦めたことをナレーションで言いながら朋也は橋の下を通ります。

このカットのレイアウトは優れています。右上から光が差し込むなか、朋也は影のなかに入っていき、そして叶わぬ夢を象徴するかのように白いハトが、朋也が歩むのと逆方向の画面左側へと横切っていきます。光と影、ハトと人物の向きの対比。こういった絵作りに、出﨑監督の演出的巧みさが出ていると思います。

 

二つ目は、日中のシーンではなく夜のシーン。

朋也が渚の家に初めて泊まって、家族が寝静まった後にベランダで二人だけで会話するところ。
映画全体のなかでは何でもないような場面だけど、ここで初めて見せる親密な雰囲気や、二人の関係の深化が印象的な場面です。

渚はここで執筆中の演劇の脚本について話をします。

何を書けばいいか分かっているが上手く書けず、眠れなくなってしまったこと。そして、「それに、岡崎さんが近くに居てくれるのが、嬉しくて…」という台詞に差し掛かったところで、流れる雲の間から北極星のような明るい星が見え、光が差し込みます。

 

ここでしばし、ベランダに立つ二人は星から降り注ぐ美しく幻想的な光のなかに包まれますが、渚の「ごめんなさい、です…」の台詞とともにすぐに別の雲の中に星は隠れてしまい、光は差し込まなくなってしまいます。


ふたたび、薄く光が差し込む影の中で会話する二人。

渚は、小さい頃から繰り返し見る夢のことを脚本にしていることを伝え、朋也も、繰り返し見ている悪夢があることを伝えます。ベランダに立ち暗い町並みを眺める朋也は、そこに夢の中の荒野の風景を幻視します。

そうしているなかで、朋也は、家に呼んでくれたことの感謝を渚に伝えます。(父親と家庭内別居の状態にある)朋也にとって、今日は久し振りに家族の温かさに触れて、心から楽しい、嬉しいと思えたこと。

すると渚は、朋也のその感情に触れて涙を流します。

渚というヒロインが、人を思いやる心を持ち、誰かの気持ちに感化されて涙を流せる優しい人物だということが伝わる場面です。

そして渚が涙を流したところで、今度は上からではなく下から光が溢れだします。

二人のなかにある優しい感情を際立たせるかのように、渚と朋也の二人の下から強く光が差し込むようになるのです。どういう原理かはまったく説明がないにもかかわらず…!

空からは一度、祝福の光が降り注いだけどやんでしまった、しかし光が差さなくなり影に呑まれても、やがて二人のうちから自ずから光が立ち上るというこの流れ!これ自体がまさに舞台芸術のような完璧な描写です。

出崎監督の絵コンテでもこのカットは「ライトなぜか、下からの感じ」と書いてあります。「なぜか」と書いていることから分かるように、監督自身もこれは理屈じゃないと割り切ってることが読み取れます。

おそらく、今の普通の演出手法であれば、物理的・光学的なリアリティを考えて、下から光を当てたい場合には何がしか光源になるものがベランダの下に来ている、という理屈付けをきちんとすると思います。あるいは、「ここはリアルではない何かしらファンタジックな力が働いている」というのがはっきり分かるように描写すると思います。

少なくとも京アニの演出家はそのような映画的リアリティをベースに演出していると感じます(光を当てたいときには背景に自動車を横切らせてライトがかかるようにするとか、そういった工夫ですね)。

しかし出﨑統はそういったやり方を取らず、「リアルな表現をする」のでもなく、「リアルでない表現をファンタジーとして描いている」のでもありません。あえて言えばドラマに一番寄与する表現を選んでいます。

リアリティを強引にねじ曲げてでも、ドラマを強調させる表現を選ぶという大胆さが発揮されたシーンではないでしょうか。

 

映画全体の話

また、これは作品の読解的なものを含みますが、『劇場版 CLANNAD』は学校の屋上で会話するシーンがとても多いです。原作は基本的に校舎の中、屋内で会話するシーンが中心なので、これは独自のアレンジと言えます。

これは一つには登場人物の数が限られているからかもしれません。学園編のメインになるのは朋也に加えて渚、春原の三人です(智代と杏は出ますがメインではありません)。渚や春原以外のキャラクターと関係を深める過程があまりないので、教室など校舎内で話を展開する必要性が薄いのです。逆に、教室でずっと三人で会話していたら他の生徒が絡まないのが不自然になってきますよね。

しかし、屋上で会話させているのはそういった作劇上の要請だけが理由ではなく、彼らに光を当てさせたかったからではないかなあと思います。

渚が一人で屋上にいるとき、あるいは朋也と春原を加えた三人でいるとき、彼らはそこで孤立した存在です。

朋也と出会って当初、渚は「学校へ行っても、私、何をしていいか分からないんです。嬉しいこととか、私がいなければいけないこととか、何もないんです」と言っています。朋也と春原も、ともにバスケットやサッカーの選手の道を挫折しており、進学校にありながら大学受験も受けないドロップアウト組です。

屋上に降り注ぐ日差しは、いわばそんな「はぐれ者」としての彼らを祝福する光です。

学校に居場所がないような三人だけど、他に誰もいない屋上では確かに繋がりができ、そしてその聖域が祝福されているような、そんな優しい目線を感じます。

そう考えると、先ほど述べたベランダのシーンも屋上の変奏です。そこは屋外ですが二人きりの空間であり、空が開けていることによって光が差しているからです。

 

もちろん、光と影についてのこうした演出については、DVD版で『劇場版 CLANNAD』を見ても十分に伝わるものであると、確信を持って言えます。自分はたまたまBD版を見る機会を得て、よりクリアにそれを体感できたというだけです。

光と影についてだけでもこれだけの工夫が凝らされていますが、『劇場版 CLANNAD』では、光や影にくわえて桜、雨、海、夢…といった力強いイメージの連鎖によってストーリーが紡がれていきます。あたかも人生を綴る映像詩のような赴きがあり、見れば見るほど味わい深く感じられるような作品になっています。

 

おわりに

上では出﨑監督の手腕について語るような書き方をしてきたのですが、『劇場版 CLANNAD』が完全に出﨑色に染められた映画であるとか、Keyの原作を軽視しているといったことは全くないと思います。

原作の本質にある「家族」や「人生」というテーマは取りこぼしていないし、個人的には「友情」というモチーフが原作以上にクローズアップされているのも好きです。

渚と朋也を中心にした「だんご大家族」で繋がっているメンバーや、彼らが最後に朋也を合宿に連れ出すところなどは『リトルバスターズ!』のバスターズのあり方も思わせてぐっと来るものもあります。

出﨑統が、Keyの原作ゲーム/麻枝准の描く世界観に触発されて出てきたものが『劇場版 CLANNAD』にはぎゅっと入っています。それは一つには「孤独な魂と魂が呼び合う」ようなドラマであり、弱者をすくい上げるような眼差しであると自分は思っています。

 "だって、世の中で思った通りに上手くいく人間なんて一握りでしょ。大体アジのあるいいやつっていうのはね、失敗して思い通りいかなかったやつだよ。思い通りにいったやつなんて、天狗になっちゃってさ、醜悪な人間になるものだよ。これは成功した人間への妬みかもしれないけどね(笑)。挫折するからいろんな事を考えるし、人に優しくなれる。その方が、面白い人生を生きられるんだと思うよね。だから、失敗して投げやりになっても、最終的にはポジティブな方向に向かってほしい。成功しなかった人間には、そういったロマンがあるんだよ。だから、成功したやつには興味ないんだ。成功したやつなんてつまらないと思うもの。"

──『劇場版 CLANNAD』公式パンフレットの出﨑統インタビューより

バスケットボールの道を挫折した朋也が渚に出会うこと、渚を失った朋也が汐を見つけること、秋生と早苗が渚のために演劇の道を諦めて町での生活に落ち着くこと、メジャーの道を挫折した芳野さんが町で幸せを見出すこと、などを通じて出﨑が辿り着いたのがこうした結論でした。

智代アフター』の言を借りれば、『劇場版 CLANNAD』は出﨑統から送られた「人生の宝物」だと自分は思っているし、これからの人生においても繰り返し見続けたい映画です。

 

『劇場版 CLANNAD』は一応海外版でBDになりましたが、やっぱり国内版でちゃんと出して欲しいのはあります。また、『劇場版 AIR』と東映版『Kanon』もDVD版だけでBD版は出ていません。

限定販売とかで良いので、三作入ってBD-BOXとかで出して欲してくれたら大変嬉しいのですが、どうでしょうか…?

円盤は出ないまでも、せめて配信サービスに乗って多くの人に見られるようになって欲しいという思いはあります。特に国内でこれまで一度も配信されていない東映版『Kanon』はそろそろ入って欲しいし、『劇場版 CLANNAD』もどこかで復活して欲しいです。個人的には、そのための布教活動は続けたいと思っています。

 

最後に、『劇場版 CLANNAD』の視聴方法について

『劇場版 CLANNAD』のDVDは通常版に加えてスペシャルエディション、コレクターズエディションの3つが出ていて、個人的には絵コンテ・脚本が付いてくるコレクターズエディションがお勧め。スペシャルエディションは予告編や録り下ろしドラマCDなど細かい特典に興味がなかったら買わなくても良いかな…と思います。

また、単純に見たいだけであれば購入しなくてもゲオ宅配レンタルTSUTAYA DISCASなどオンラインでDVDレンタルもできるので、参考にしてもらえればと思います。