highland's diary

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『セーラー服と機関銃』(1981年)感想

 

セーラー服と機関銃  デジタル・リマスター版 [DVD]

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 たまにはアニメ以外の映画の話でもしたいと思います。

相米監督の映画は初めて見たがカットの切り返しなどほとんど使わずに超ロングからの長回しを多用するスタイルに驚かされた。佐久間と主人公が二人が屋上で組の墓を全て燃やすクライマックスとなるようなシーンも望遠で撮影した俯瞰の超ロングショット。マユミと泉二人で歌うシーンやEDで街を歩くシーンも望遠レンズで超ロングで、先鋭的な表現。そういった印象的な表現が生っぽさを出したりしてこの映画自体の雰囲気に結び付いているかもしれない。かなりの手間をかけてあえてそういう撮影に踏み切るというところに思い切りを感じる。

特に前半がそうだが、手前に木の葉や金魚鉢などオブジェクトをナメたり窓や掛物を通した形での超ロングショットで、カメラがじっくりと回り込んでいくような画面が特徴だと思う。

仏像で泉や高校男子三人組が騒ぐシーンもかなりの長回しだが、そこから更に暴走族のバイク疾走の長回しシーンまでカット切り返し無しに繋いでおり5分以上の長回し。バイクの荷台から後ろ向きにカメラを向けて撮影したんだと思うけどここまで思い切った処理は凄い。バイクシーンもそうだが、アフレコでの音付けをしており、エコーをかけているような処理も多かった。考えてみればロングを多用する以上録音はしにくいのでどうしてもアフレコにせざるを得ないだろう、という話だけど。

玄関の覗き穴の魚眼レンズから主人公の魚眼POVショットへの切り替えは、エコーの掛かった台詞ともあいまって動揺した現実感の伴わない主人公の心情の表現なのではないかと感じる。

前半のカフェで泉が記者と話をする場面、記者が泉にマユミのことを尋ねる瞬間に、その決定的さが演出されるかのようにBGMがシャットアウトされカメラがイマジナリーライン越えのように180°回り込む。こうした変化の付け方が上手い。

全編にわたりロングショットの多用があるが、カフェでの会話シーン、海辺のセットでの食事シーン、そして最後の死した佐久間とのキスシーンなどのシーンには主人公の心情に寄るアップショットが使用され、抒情的なBGMとも合わせ使われる。節目となるところでポイントとしてアップショットを使用し、ロングとの対比で効果的な見せ方になっている。

冒頭でめだか組メンバーの殴り込みを止めていた泉が自ら決起し殴り込みをかけに行くシーン、ヘロインのローションを機関銃で粉砕しながら泉が叫ぶ「カイ・カン!」のフレーズ。この「快感」は太っちょの語る、「死の恐怖と肉体の旋律が入り混じった」ものとも通じるものはあるのだろうか。この映画を飾る有名なシーンだが、セーラー服で機関銃を放つシーンは映画内でここだけ、しかもそのとっておきのシーンに1回のみじっくりスローモーションを使っており、否が応にも印象深いものにしている。

一方、クレーンにより泉がセメント漬けにされるシーンや太っちょにより地雷の上に立たされるシーンなどは客観的なロングショットのためかどことなくドリフのようなバラエティ番組のセットのように見えてしまった。「人生はクローズアップで見ると悲劇、ロングショットで見ると喜劇」というのはチャップリンの言。超ロングで表情がよく見えないというショットも多かったが、それが悪目に出ているということかもしれない。

薬師丸ひろ子演じる泉の服装がコロコロ変わるのは角川のアイドル映画としての側面からだろうか。セーラー服だけでも複数バリエーションがあった。初登場シーンからいきなりブリッジだし、二日酔いになるところでは匍匐前進したり、独特の演技指導も際立つ。そういえば『ウテナ』の橋本カツヨ回でウテナがブリッジや屈伸していたのを思い出したが、おそらくカツヨさんも『セーラー服と機関銃』の影響でそういう処理にしたという話だった。細田守相米監督に影響受けまくっているらしいし。

泉が強姦されかかるシーンなど随所でかかる音楽が笙の雅楽というのも面白い。じっくりヒコの手当てのシーンを撮った直後にあっけなく射殺されるヒコ、という一幕も刹那性を際立たせる感じでこの映画らしい。

太っちょの基地のセットは、臓物らしきホルマリン漬けがあったり台形の扉だったり多分に東映特撮のそれを彷彿とさせるものでチベット仏僧のような敵人員や太っちょの義足など相まって、ここだけ雰囲気がかなり浮いていると感じるが、それもこの映画の、カルト的雰囲気には資していると言えるだろうか。そういえばあの海辺のセットは背景合成とかではなく実際に海辺に組んだのだろうか。

薬師丸ひろ子もそうだが、敵ボスを演じた寺田農も、マユミ を演じた風祭ユキも良い演技をしていた。

しかし、この映画は少女の初恋、青春を切り取ったものであるけど、反面相米監督の実験的な手法も目立つしカルト的な雰囲気を纏っていたりとかなりコアなものだろうので、薬師丸ひろ子の主演やキャッチ-なタイトルやコンセプトなどの求心力はあるものの、角川映画としての宣伝やプロデュースがなければここまでのヒットを見込み、一本のカルト映画として以上の人気と支持を獲得することもなかったであろうとも思う。

次は近い内にまたアニメについて書こうと思います。