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highland's diary

多忙のため休止中。何かあればコメントでお願いします。

『楽園追放』公開初日に見ての感想メモ

『楽園追放』、初日で見て来た。備忘録的なメモをば。見たのは公開初日ですが、立て込んで書くのが遅れました。他の人の感想とかはまだ見てません。

ゼロ号試写を見た氷川竜介さんが「ええ話や!」と仰っていたけど、それは非常に同感。まさに「ええ話」という形容がマッチ。
 
それにしても虚淵さんは、板野一郎真下耕一、新房、I.G.の塩谷×本広克行、村田和也(コードギアス副監督にミロス)、に続き水島精二とも組んで、順調にスターダムに登り詰めてる感があるなあ。
 
それというのも極めて王道のエンタメで、一本化したシナリオで、無駄のない構成だった(筋は単純ともいえる)。ラグランジュ点に位置するスペースコロニー内に築かれた電脳空間と、ナノハザード後の荒廃した末来の地球が主に舞台になっているけど、テーマはSFとしては古典的なもの(結局のところ電脳空間とリアルとの価値観の対立で、それに人工知能アイデンティティの話がある)で、虚淵的には現代的なテーマ性に刷新されてはいても、定型としては古いとも言える。ポストヒューマンでありサイバーパンク
 
タイトル(『楽園追放』)の意味もダブルミーニング、トリプルミーニング(或いはより幾重にも)になっており、ディーヴァから見たリアルワールド、リアルワールドから見たディーヴァ、地上から見た宇宙、といったように主要キャラ三者三様(アンジェラ、ディンゴ、フロンティアセッター)のテーマから見て取れるものになっている。
 
本作でのアンジェラ、フロンティアセッター、ディンゴらリアルワールドの住民とは、ガルガンティアにおけるレド、ヒディアーズ、現生の地球人類と置き換えて見てみることもでき、恰好の比較対象だろうし、比較されるだろうなとは(チェインバーと、本作においてそれに対応しているだろうフロンティアセッターとでは、構図的に位置づけが異なるものの)。
 
電脳世界において、階級によって割り当てられるメモリ量によって生活レベルや行動が規定されるというアイディアはイーガンの『順列都市』を彷彿とさせるけど、階級社会・管理社会のモチーフとして使われているという点ではシビュラシステムの方が近いかな。
 
テーマ的には生身の人間も、データ存在も意志を持った人工知能もそれぞれに人間であり多様性に寛容であろうという極めて分かり易いもの。その上で、多様性に偏狭な態度を取る電脳世界ディーヴァを主人公が放棄するという所に、ややプラスアルファで価値観が乗っかっているけど。きわめて明快で、テーマに合わせてシナリオが収束する強固なストーリー構造を持っている。
 
ラストの味わいも、宇宙進出への展望の礼賛ともとれ、多分に'50年代SF的なもの。『アイゼンフリューゲル』のラストとか見るに、虚淵氏はこういうの好きなんだろうな。
 
虚淵の思想的な面から捉えれば、以前『鬼哭街』のインタビュー(http://www.4gamer.net/games/130/G013023/20110617067/index_3.html)でガンガン言ってた「もし出来るなら、躊躇なくガンガン全身義体化しちゃうぜ!」に表れてるように、「電脳化とかそういう技術の発展に抵抗はないし楽観的な態度は取る(けどその技術に縛られ過ぎるのもどうかってところ)」という面は昔から一貫して変わらないスタンスだとは思う。
 
東映じゃなく例えばI.G.とかだったらもっとラディカルなテーマ性になった可能性もあるかなあとも思ったけどガルガンティアがそれですね。
 
本作の虚淵の脚本抜擢のきっかけは『神林長平トリビュート』に虚淵が寄稿したものが東映の野口プロデューサーの目に留まったかららしいんだけど、あれに虚淵が書いてた話、昔過ぎてほとんど記憶に残ってないなあ。元長柾木のやつのがまだ印象に残っているくらい。喋る人工知能が出て来たのは覚えている。
 
ディンゴのキャラ造形(外見)も往年のイーストウッドを転写したものだけど、砂漠地帯だし、アンジェラは保安官だし、虚淵がSF的世界観とウエスタンを絡ませるているのは多分に『続・殺戮のジャンゴ -地獄の賞金首-』(2007年)的だなあ。そういえば『ジャンゴ』の時、ニトロプラスは(新しいもの好きなNitro+らしく)「グラフィック上でモブキャラを全部CGモデルで描く」というのをやっていたけど、ショボくて合ってなさ過ぎて半ばギャグになってた。『楽園追放』がグラフィニカスタッフ総結集の豪華ビジュアルで作られてる事の有難さを痛感。思えばそれまで「バッドエンド症候群」に取り憑かれていた虚淵が初めて胸躍るハッピーエンドを書いたのって『ジャンゴ』だと思う。『Fate/zero』書いたあたりから「バッドエンド症候群」克服できた実感はあったみたいだけど。
 
映画の話に戻ると、3DCGで作られているというのが大前提で、大きなポイント。セルルックなCGという点ではかなり奏功している。モデリングも優れているし、動きの付け方もタメツメが利いている。アクション中でも止まっている所で止まっているのも大きいかもしれない。
一般論として、3DCGのアニメーションは演技が過剰でクドいものに見えてしまう傾向にあるけど、それは、3DCGのモデリングだと手描きアニメーションと違い中割り動画を重ねなくても動かせる部分があるから過剰なものになってしまうしそう見えてしまうのだと思うけど、かなりの部分でそのようなクドさや、不自然さは克服出来ていると感じた。
 
3DCGではクドさが抜けている部分のある一方で、脚本に関しては、(バトルに至るまでの過程の描写とか、そういうプロットの組み方はやはり上手いけど)細部の描写でくどく感じてしまう。明快なシナリオなのはいいけど、極めて演出意図、作劇上意図が見えてしまうという意味で。
 
フロンティアセッターの設定語りとかはある程度キャラ付けとして許されるものだとは思うけど 
セリフはもっとカットしてもいいのでは。
 
たとえば、「あの野蛮で不潔なリアルワールドで~」という終盤でのセリフはまだ良いにしても、
 
序盤にリアルワールドに降り立ったアンジェラの「何この埃っぽい大気......こんなの呼吸しろっていうの?」というセリフに、もう過剰さが見て取れるし、このセリフだけで後々のストーリー展開がもう予想出来てしまう。
 
食事のシーンが多いのも、アンジェラが初の地上で病気になったり偵察のため屋上に上らされたり(ディンゴが高所恐怖症というエクスキューズ)するのも、全部、後の(アンジェラがディーバに反旗を翻しリアルへ移行する展開の)ための前振りだって露骨に分かってしまう。
 
最初に砂漠に降り立つシーンも、単純に咳こんでさり気なく愚痴を言うぐらいだけでもいいし、車を運転するアンジェラが疲れでウトウトするとか、そういうさり気ない描写を重ねるだけで十分伝わっただろうと感じる。親切設計というかお節介というか。
 
そこは、映像で見せられるのだから映像で語れば良いというのもある。そこで稚拙さが見え隠れしてしまうのは良くない。もっとコンテ段階でセリフを大幅にカットして映像で語らせるか、原案・プロットだけ虚淵でホン自体は他の人が書いても良かったのかもしれない(でも虚淵の作劇はセリフ込みというのはどうしてもあるからそれは難しいかも)。
自分は虚淵のダイアログ好きな人間なのでそこら辺は寛容に見てしまうんだけど。
まあ当初はもっと前半とかで「世界観を象徴するような」セリフがあったのを尺の都合で大幅カットしたらしいし、尺の都合で切るべき所は切っているんでしょうけど。
 
映画というものでやってる以上TVシリーズ以上にキツキツの構成になってそのような粗が目立つようになってしまったのかなとは。
穿った見方をしてしまえば、これは3DCGの迫力ある映像に重点があるから、「プロットは練るけど(いい意味で見ている最中に頭使わなくて済むよう)ストーリーはその分明快な親切設計にする」、という連携なのかもしれない。
説明セリフという所からだと、SF的世界観だと虚淵はSF作家としての地が出るのかなあと思ったり。
 
筋立てについてはもう一点。説得力を持たせる問題として、最初の方である程度、もっとディーヴァでのアンジェラたちの描写をした方が良かったんじゃないかな。ポストヒューマンらしく高度な情報処理能力でディーヴァで浴びるままに快楽を享受してる様子が、ビーチでの描写だけじゃイマイチ伝わらないし。最初にあのフロンティアセッターとのバトルからの導入があるのを考えると難しそうだけど。
ディーヴァでの階級制度についてもダイアログで説明あるのみだから、ドット絵的なロースペック住民とかを少し描写しとくとかしても良かったのではと思う。そのせいで、「ディーヴァと比べてこの地上では~」っていうアンジェラの台詞や描写の部分が、観客が想像力で補うしかなくなってるし。まあキャラが増えるし蛇足かもしれないけどね。
 
以下雑談につき箇条書き
 
○『楽園追放』は、ガルガンティアのハナハル先生に続き、またもエロ漫画家(saitom名義)のキャラ原案。そういえばキャプテンアースもキャラ原案は成コミ作家先生だったなあ。齋藤将嗣さんはキャプアスでもデザインワークスとして参加されているんだなと知った。
 
 
○後半、アンジェラが再度ディーヴァに戻ってからは京田コンテパートとの事。エウレカでの村木靖の仕事も彷彿とさせるし本家板野監修(?)のサーカスは劇場スクリーンで圧巻。劇場での視聴を強く推奨。
 
○「'80年代のAICOVA」っぽさという話を京田さんが言っていたけど(バブルガムクライシスとかゼオライマーとかの辺の?)後半のアクションもそれを彷彿とさせるし(作画やタイミングも)、前半シーンのアクション以外の描写もウエスタンというよりはそっちのノリなのかな。SFとしての本作の位置づけもそうかもしれません。作画のバラつきもそうですが。 
 
○ロケット発射シーンは三角形ぽい破片の描き方とか、シーンの見せ方とか『王立』を感じる。
 
○3DCGらしくだけど、作画バラつきもいい味だと思う。公式アカウントがアップしている動画でもCGアニメーターごとにパート分け紹介していて良いなあと思う。


Expelled From Paradise Film Making Vol 2 - YouTube

既にCGアニメーター個別の作画wikiも出来てるし、CGも作画の一部として評価されていくんだろうと感じる。サンジゲンの名倉晋作さんも参加されていたのをクレジットで発見。
 
○3DCGでエロの描写に力入れるのは理解できる。CGだとやわらかい肉感というものは出しにくいというイメージがあるし、だからそこへのオブセッションがあるというのも極めて分かる。これに関してはどこまで出来るかという実験でやっている部分もあるだろうけど、それ含めて評価できるものと感じる。作劇上、そこで意識的なアングルで撮りまくってしまうのもどうかと思うけど。
 
○キャスティングも上手く行っていたと思う。水島監督の指名で縁のある人選というのもそうだけど。ディンゴのキャラも当初の想定以上に存在感あるものになっていたし、釘宮さんがこの主人公やってるのも、”生身の肉体の不在”という通底するキャラ性を持つ『ハガレン』(水島作品)のアルフォンスをずっと演じていた人だからというのもあるだろう。
  
しかし、ゲスト出演が高山みなみ林原めぐみ三石琴乃なのは完全に声優ギャグだなあ
 
(追記)2014.11.17
虚淵作品として見ちゃってて水島精二については全然触れてないなあとは思う。虚淵のストーリーラインありきでの企画でしょうというのが理由だけど。そこら辺は水島監督ファンの人に任せます。
<比較対象としてありそうなアニメ作品>:00、UN-GOハガレンガルガンティアサイコパスビバップゼーガペインアルペジオあたり