highland's diary

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「メズマライザー」MVとchannelさんの作家性について

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「メズマライザー」というボカロ曲が人気となっている。ボカロP・サツキが作曲し、イラストレーター兼動画制作者・channelがMVを手がけたこの曲は、8月15日現在、投稿からわずか3ヶ月半にして7000万再生を超えており、ボカロジャンルにおいては2024年上半期の最大のヒット曲となった。

もちろん、「メズマライザー」のヒットはサツキさんの曲があってこそだが、今回の記事ではchannelさんのMVについて取り上げたい。

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channelさんはもともと、Anamanaguchiの「Miku」やDECO*27の「ラビットホール」など初音ミクの名曲を題材にした二次創作ショート動画で人気を博していたが、ボカロのオリジナル曲のMVを手がけたのは「メズマライザー」が初となる。

ボカロのいわゆる二次創作絵師の界隈と、ボカロPやMVクリエイターの界隈とは、(少なくともここ数年は)少し離れている気がしていたのだが、channelさんは活動内容としてはほぼ二次創作絵師でありながらシーンの中心になっているのが新味と感じられるところだ。

 

channelさんの動画スタイルについて

さて、「メズマライザー」については公開の前日になってサツキさんより告知があり、そこで初めてchannelさんがMVを手がけていることが明かされた。

個人的には、サツキさんの新曲として期待を持ったと同時に、channelさんがMVを担当するというのを知った時に「これははたして上手くいくのか?」と一抹の危惧を抱いた。というのも、channelさんの動画スタイルは横長のボカロMVのフォーマットにそこまで向いていないのではないかと思っていたからだ。

 

というのも、channelさんの動画は基本的にYouTube ShortsやTikTokの「ショート動画&縦長画面」での鑑賞に特化したものだ。以下にchannelさんの現時点での代表的な作品のリンクを記載する。

  • mikumikuplaylist 

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  • oo ee oo 

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  • Meet the M 

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これらの作品は全てYouTube Shortsで投稿されており、アスペクト比9:16の縦長画面で作られ、60秒以内の短尺になっている(YouTube Shortsにはそもそも60秒以内の動画しか投稿できない)。

言うまでもなく今のスマホ画面の主流は縦長だ。比率としてはおおむね9:16~9:21の間となっている。YouTube Shortsに投稿される動画はスマホで視聴されることを第一に想定しており、channelさんの動画もそれに倣っている。

もっとも、channelさんは横長の画面で作ることが不得手であるわけでは決してなく、例えば原神・スタレなどを運営するHoYoverseの公式チャンネル「HoYoverse」向けに制作した動画などは16:9の横長のアニメーションになっている*1が、得意とするのが縦長サイズの動画であることは確かだろう。

実際、channelさんのショート動画にはスマホでの視聴を想定した演出が多く見られる。「mikumikuplaylist」は典型例であり、iTunesApple MusicやSpotifyのようなスマホの音楽アプリのUIを模した画面に、プレイリスト形式で初音ミクの名曲が次々と流れてくる映像になっている。

「mikumikuplaylist」(channel)

また、「mikumikuplaylist」に続き「Pure Pure」でも同様のプレイリストを模したスマホの画面が終盤に現れ、それがずれることで(楽屋姿の?)ミクが映るという描写がある。これもやはり、スマホの画面での視聴を念頭に置いている演出だ。

Pure Pure」(channel)

他方で、一般的なボカロのMVは横長であり、16:9の画面比で作られている。一般的なボカロMVとchannelさんの二次創作動画との違いは、YouTube本体とYouTube Shortsの違いに対応しているだろう。

channelさんの動画スタイルはモバイル端末での鑑賞には強いが、16:9の(ある意味本格的な)ボカロMVのフォーマットだと見劣りする可能性があると筆者は考えていた。

このことの傍証として、「メズマライザー」の後に出たchannelさんの作品であるが、『NEEDY GIRL OVERDOSE』を題材にchannelさんが制作した動画「DATEN ROUTE」を挙げる。こちらはYouTube Shorts版YouTube版が同日公開され、前者は縦長サイズ、後者は横長サイズとなっている。

  • DATEN ROUTE(YouTube Shorts版)

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おそらくchannelさんは「DATEN ROUTE」のアニメーションを縦長サイズの方で制作していると思われる。

そして横長サイズのYouTube版の方は、縦長サイズの動画を単純に画面内に入れるだけだと左右が空白になってしまうので、デスクトップ画面を模した画面内のウィンドウに埋め込んだ形となっている。

「DATEN ROUTE」のYouTube Shorts版(縦長)

「DATEN ROUTE」のYouTube版(横長)

それぞれ以上のような画面になっている。前者の縦長版の方がより人物が大きく映るため主観的でダイナミックに感じられるのではないだろうか?逆に横長版の方は、もちろん超てんちゃんの世界観としては合っているのだが、channelさんの動画にあった勢いは少し削がれてしまっているようにも感じられてしまう*2

少なくとも現時点では、channelさんの魅力が発揮されるのはどちらかというと縦長の画面フォーマットだと言えるのではないだろうか。

 

channelさんがこのような縦長サイズのアニメーション制作を主戦場にしているのは、channelさんの線が少ないシンプルな絵柄(もちろん、これ自体は決して欠点ではないが)では、キャラ単体でバストアップのようなフレーミングだと情報量の少なさが際立ってしまうこともあるかもしれない。

以下にDECO*27の「ラビットホール」と、それを元にしたchannelさんの「Pure Pure」のスクショを掲載する。

DECO*27 - ラビットホール feat. 初音ミク (OTOIRO)

Pure Pure」(channel)

(スクショにあたってやや恣意的にフレームを抜き出した面はありますが、説明のためご容赦ください)

横長だと縦方向にあまり画角を伸ばせないので、左右にスペースを空けることなくキャラ単体を映そうとすると、バストアップのようなタイトなフレーミングになる。一方、縦長だとそれよりも画面に映るキャラの身体範囲は大きくなり、腰上が映るミディアムショット~全身が映るフルショットくらいのフレームサイズとなりがちだ。

横長でキャラ単体だとバストショットに近くなり線が多い絵柄が求められる、縦長でキャラ単体だとそれよりも全身ショットに近くなるため線の少ない絵柄でも見劣りしない、というバランスになるのではないだろうか。

channelさんの線の少ない絵柄は「ラビットホール」原曲のサムネのようなカメラが寄ったバストショットのフレーミングには向かず、カメラが引いてフルショットに近いフレーミングの方が向いているのではないか、と考えられる。channelさんはフルショットに加えて、膝上が映るメディアムフルショットくらいのサイズも多用している印象だ。

 

メズマライザーMVの試みについて

これまで述べた前提を踏まえて「メズマライザー」MVを見てみよう。基本的にはこれまでのchannelさんのMVのように「縦長の立ち絵」を軸に画面が構成されているが、それを乗り越えるような創意工夫が至る所に凝らされている。

以下でそれについて順に述べていく。

  • キャラクターが二人であること

まず前提として、横長画面においてキャラクター単体の立ち姿を縦長サイズで入れると左右が空いてしまう(これは「DATEN ROUTE」の話題においても言及した)。

しかし本曲の場合、初音ミクと重音テトのツインボーカルであることによって、二人が画面に映るダブルショットになっていた。

もし初音ミク単体であれば画面はシングルショットとなり、立ち絵が一体のみで画面の両脇が大きく空いてしまっていた可能性があるだろう。

本曲がツインボーカルになったのはあくまでサツキさんの選択によるものでありchannelさんから働きかけたものではないとのことだが、そのサツキさんの選択が結果的に上手くいった形かもしれない。縦長画面を二つならべて横長の画面にするということに成功しているのだ。

「メズマライザー」MVは、語弊を恐れずにいうとキャラクター二人の立ち絵を並べた映像になっており、それぞれのキャラのアニメーションをとりだすと、これまでのフォーマットからあまり出ているわけではない。

ただ、もちろん単に棒立ちのキャラを二人並べただけというわけではない。吹き出し付きの会話に始まり、目線を使ったコミュニケーションなど、「二者間の相互作用を生む」ということが重視されていた。これによって、キャラ二人の立ち絵を入れたことに必然的な意味が生じるようになっている。

  • ストライプ柄をモチーフに使う

本曲のMVを見ると、ストライプ柄がデザイン面における一つのテーマとなっていることに気づく。

まず二人の衣装は(ウェンディーズのような)ファーストフードレストランやアメリカンダイナー風の制服になっており、ストライプ柄を基調としている。

そして衣装だけでなく、画面構成自体もストライプ柄になっている。以下に2枚のスクショを掲載するが、二人の配置が柄の一部になるようにデザインされていることがわかるだろう。左側の背景は青と黒、右側は水色と赤のストライプ柄になっている。

 

そしてこのストライプ柄のモチーフは、最後に姿を現す「縞々」の渦巻き――「催眠」というモチーフの直接的な表現――の布石としても機能している。

また、MVの最初のカットで矢継ぎ早に映るイメージにおいてもこの縞々の柄は登場している。

つまり、本曲のMVはストライプ柄をキャラの衣装や画面構成に取り入れ、さらにそれに類する縞々の渦巻きを最初と最後に登場させることで、映像的な面でもストーリーに繋がる要素を盛り込んでいる。これは「メズマライザー」MVの秀逸な点として指摘できるだろう。

もし仮に「縦長の立ち絵2枚を画面に入れる」というある種の制約と、「催眠」というテーマの両面からこの「ストライプ柄」のモチーフを発展させていったのだとすると、かなり独創的なアイディアとして評価できるのではないだろうか。

  • 余白部分を活用する演出

「縦長画面を二つならべて横長の画面にしている」と先ほど述べたが、2枚並べてもやはり空いたスペースが若干出てしまうところはある。本曲のMVは中間スペースにクイズタイムのような余興的な要素*3を盛り込むことで、空白を埋める&退屈させないような仕掛けを作っていた。

そして「中間部分に視線が来るようにしておく」ことで、最後に禍々しい渦巻きを出すことで視聴者の意表を突くことに成功している。

空いたスペースにギミックを入れて活用するのも、多彩なアイディアの為せるわざと言えるだろう。

  • フレーム内のフレームの動き

また、局所的なポイントだが以下のカットにも注目しておきたい。

このカットにおいて、青背景の内フレームの形状は一貫して長方形かつ、角度は外枠に対して垂直なのだが、被写体のミクの方を揺らすことで、あたかも内フレーム自体が振り子運動のような動きをしているように見えている。

そしてフレームが振り子運動のように動くことで、あの「コインを揺らす催眠」を連想させ、コインのような直接的なモチーフを入れることなく、催眠を間接的に描くことに成功している。これもかなり洗練された見せ方と感じられる。

まとめると、本曲のMVは横長画面のフォーマットにおいて、縦長に特化したchannelさんがそのウィークポイントを克服しつつ、演出的にも大きな効果を上げるような工夫がされていると言えるのではないだろうか。

 

音ゲーの画面がリファレンス?

「メズマライザー」のMVについては上記のような見方ができるが、Twitterのフォロワーの方がこの画面について「音ゲーの画面」との近似を指摘しており興味深かったため、それについて紹介したい*4

筆者は音ゲー全般には全く明るくないのだが、音ゲーマーは以下のような「キャラクターの立ち絵が二つ並んで中間にスペースが空いている」という画面構成に既視感を覚えることが多いようだ*5

具体的には『pop'n music』や『Friday Night Funkin'』のような対戦風の音ゲー画面に近いとのこと。

まず前者の『pop'n music』(通称:ポップン)については知名度も高く分かりやすいだろう。

p.eagate.573.jp

pop'n music UniLabより引用

ポップン』は固定されたレーンに乗って譜面が流れてくるタイプの音ゲーとして有名だ。

『pop'n music UniLab』ホームページの説明によれば、自分のセレクトしたキャラが片側、曲の担当キャラがもう片側に表示される方式になっているようだ(『ポップン』にも様々なシリーズ作品がありそれによって異なる可能性はありそうですが)。

  • [pop'n music peace] Bad Apple!! feat. nomico EX PERFECT 

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これはシンプルにキャラの配置、画面構成という面で『メズマライザー』との類似性を指摘できるだろう。

後者の『Friday Night Funkin'』(略称:FNF)については、より深い意味で『メズマライザー』に近いものになっている。

poki.com

『FNF』はブラウザ上でプレイできる対戦風の音ゲーであり、上記の『ポップン』にない要素として、「キャラクター二人が交互に歌って踊る」という点が挙げられる。

自キャラと対戦相手のキャラでパートが分かれており、まず先に相手が流れてくる譜面を打つ。それが終わり自分のパートになると、自分も相手と同じ譜面を打ち、スコアを競うシステムになっている。

  • Friday Night Funkin - M.I.L.F Full Combo (hard)

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『FNF』はそこそこ有名でパロディ動画も数多く作られており、一つの定番になっているようだ。以下はにじさんじVtuberキャラでパロディしたもの。

  • fnfパロ【🌈🕒】

www.youtube.com

「メズマライザー」はサビで初音ミクと重音テトが交互に歌って踊る演出になっているが、これが『FNF』っぽいところだ。

共通点は、歌うパートが変わると同時にMVにおいても踊っているキャラが変わるようになっていることだ。

Friday Night Funkin - M.I.L.F Full Combo (hard)

メズマライザー / 初音ミク・重音テトSV (channel)

 

比較のためgif画像を作成してみたのですが、類似点が感じられるのではないでしょうか(もし権利的に問題があれば消します)。

channelさんのバックグラウンドは謎に包まれており、映像作りにおいて何に影響を受けてきているのか分からない面もあるが、こういったゲーム画面などをリファレンスにして動画を作っているのかもしれない。

そしてこうした音ゲーのリファレンスによって、「メズマライザー」の演出が生まれた可能性もあるのではないだろうか。

 

まとめ

  • channelさんのスタイルは通常スマホ向けの縦長動画に特化しているが、「メズマライザー」では横長のMVフォーマットに適応し、演出を工夫している
  • 演出の考案にあたって、音ゲーの対戦風画面が一つのリファレンスになっている可能性がある

本記事では「メズマライザー」のMVについて、channelさんの動画スタイルおよび画面のアスペクト比に着目して論じた。

もっとも、channelさんの動画スタイルが「縦長画面に特化している」というのも、今後出る作品によって覆される可能性は十分にあるし、むしろその方が望ましいかもしれない。channelさんのボカロMV第二作について、楽しみに待つことにしたい。 

*1:

  • HoYoFair2024 New Year | Best Funeral Service for You 

youtu.be

ちなみにこのMVも基本的には16:9の画面比で作られているが、左右に黒帯を入れることで4:3のスタンダードサイズの画面風にしたり、上下に黒帯を入れることで2.35:1のシネマスコープサイズの画面風にしたりしており、channelさんを「フレーム内フレームの作家」と位置づけて語ることも可能だろう。

*2:同じく『NEEDY GIRL OVERDOSE』の楽曲である「INTERNET YAMERO」のMVにおいても16:9の横長画面の中にTikTokを模した画面が埋め込まれているパートがあるが、こちらはサイドの空いた部分にダイナミックなリリックモーションを散らすことでスペースを有効活用し、画面全体にも動きが出るように工夫されている。

*3:このクイズは余興的な要素ながら、考察を誘うギミックにもなっている。

*4:ブログで紹介する件についてはご本人にもご快諾いただきました。

*5:「メズマライザー」は曲自体も音ゲーを思わせるところがあるかもしれない。作曲者のサツキさんは「CIRCUS PANIC!!!」がプロセカに収録されているし、「メズマライザー」も先日『beatmania IIDX』の新作に収録されることになった(ジャンル名は「HAPPY HARDCORE」になっている)。

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